バブル時代を遥かに超えた日経平均50,000円 「実感なき好景気」の要因とこれからの取り組み
著者:中川 淳一朗(なかがわ じゅんいちろう)
2024年 テクノア入社
2025年 ITコーディネータ登録
2025年 中小企業診断士登録
専門商社での営業や転職エージェントやキャリアコンサルタントとして個人のキャリア構築支援を経てテクノアに入社。
個人だけでなく組織や経営のご支援を行わせて頂く為に中小企業診断士を取得致しました。
TECHSの運用改善に留まらず、中小企業様の経営改善のお力添えをさせていただきます。
1.「日経平均株価、50,000円突破」
日本初の女性総理大臣が就任し、記録的な株価のニュースを目にした時、皆様は何を思われたでしょうか。1989年12月29日、バブル経済の絶頂で記録した38,915円という「幻の最高値」を遥かに超え、日本経済は新たな領域へと足を踏み入れました。しかし、その一方で私たちの多くが抱くのは、熱狂とは程遠い冷静な感覚、あるいは一種の戸惑いかもしれません。
「株価は景気の鏡と言うけれど、自分の給料は上がらないし、物価は上がる一方」
「自分たちの生活とは関係のない、どこか他人事のような話」
このような「株価と生活実感のギャップ」は、現代の日本経済と自分自身の生活を考える上で重要なテーマに感じます。そこで今回、このようなギャップがなぜ生まれるのかを、バブル期と比較して私なりに考えてみました。そして、この日経平均50,000円という数字の先に、私たちはどのような取り組みを進めるべきなのか考えていきたいと思います。
2.熱狂の1989年 と 冷静な2025年
現在の日経平均50,000円とバブル期の38,915円とでは、その「中身」が異なるようです。バブル期を根拠なき期待が膨らんだ「熱狂の経済」とすれば、現在は企業の体質改善等により「実利の経済」へと近づいています。もちろん今現在の株価も期待が含まれていますが、客観的な指標を見ることでもバブル期との違いが少し見えてきそうです。
【1】企業の「実力」に対する評価の違い
株価の妥当性を測る代表的な指標の一つに、PER(株価収益率)があります。これは、会社の利益に対して株価が何倍まで買われているかを示すもので、数値が低いほど割安とされます。バブル絶頂期のPERは60倍を超え、まさに企業の「稼ぐ力」以上の過度な期待が先行していました。対して、現在の日経平均のPERは15倍前後。これは欧米市場と比較しても標準的な水準であり、バブル期との違いは明らかです。
【2】経済全体の「体温」の違い
バブル期を象徴するものに「土地神話」と「高金利」があります。当時は「東京23区の地価でアメリカ全土が買える」と言われるほど地価が高騰し、それを抑えるために公定歩合(現在の政策金利)は引き上げられ、銀行預金の金利も5%を超える水準でした。誰もが、何もしなくても資産が増える状況だったようです。
現在はどうでしょう。都心部など一部の地価は上昇していますが、全国的に見ればまちまちです。そして、依然として歴史的な低金利下にあります。
バブル期と比較すると熱狂というよりどこか冷静さがあるように感じます。
このことからも株価という数字だけを見れば過去を圧倒していますが、その背景にある構造は大きく異なるように思います。
3. 上がらない給与と物価高
生活実感の乖離を示すものに「賃金」の変化があります。株価が史上最高値を更新しても私たちが豊かさを感じられない原因の一つはここにあるのではないでしょうか。
「上がるのが当たり前」から「上がらないのが当たり前」になった給料。
バブル期、日本の平均給与は右肩上がりで上昇を続け、多くの企業が高いボーナスを支給しました。新入社員の初任給も現在と遜色ないかそれ以上の水準だった企業も珍しくなかったようです。
一方、現代の日本の平均給与はほぼ横ばいです。物価の上昇分を考慮した「実質賃金」に至っては、マイナスが続いています。つまり、私たちは同じ給料をもらっていても、買えるモノやサービスの量が減っているため、実質的に「貧しくなっている」とも考えられます。
この実質賃金の停滞は、株高の恩恵を実感できない一つの要因ではないでしょうか。
4. 日経平均 50,000円時代の先にある「新しい豊かさ」を得るには
では、そのような時代で私たちにとって重要なことはなんでしょうか。
考え方、個人の取り組み、企業の取り組み大きく3つの切り口で考えてみます。
【1】「画一的な豊かさ」から「多様な豊かさ」へ
私たちはもうバブル期のような「画一的な豊かさ」を目指さなくなっているように思います。良い車に乗り、都心に家を買い、ブランド品を身につけ成功者を目指す。そうした消費活動を追い求める時代は終わりつつあり、今の豊かさは個人毎に多様であると感じます。
それは、お金の心配をせずに挑戦できる「選択の自由」かもしれません。自分の仕事に誇りを持ち、成長を実感できる「自己実現」かもしれません。あるいは、家族や友人と過ごすことや趣味に打ち込む「時間的なゆとり」、病気や老後への不安なく暮らせる「社会的な安心」かもしれません。重要なのは、私たち一人ひとりが、自分にとっての「豊かさ」とは何かを考え、それを実現するための行動を始めることだと感じます。
【2】 個人で取り組む「自己防衛」と「自己投資」
この時代を生き抜くために、個人に求められていることは大きく2つあると考えます。一つは、インフレから資産を守る「自己防衛」です。新NISA制度が始まり、「貯蓄から投資へ」という流れが進んでいます。物価上昇のまま資産を放置していると知らぬ間に資産が目減りしていくことになりかねません。リスクを正しく理解した上で、少額からでも資産形成等を行い身を守ることが重要だと思います。
もう一つは、変化に対応するための「自己投資」です。AIの進化や産業構造の転換が加速する中で、一つの会社やスキルに依存するリスクは高まってきています。
自身の専門性を深める、あるいは新しい分野を学ぶ「リスキリング」は、若手だけでなく40~50代からでも自身の市場価値をさらに高め、キャリアの選択肢を広げる上で重要になってきています。
【3】中小企業が果たすべき役割
そして、日本経済の屋台骨である中小企業こそが、この状況を変える主役だと考えます。株高の恩恵が一部の大企業に留まっている現状を打破し、その恩恵を社会全体に行き渡らせる上で、中小企業が果たすべき役割は非常に大きいです。
そんな私たちが取り組むべきは「価格転嫁」と「人的資本経営」だと考えます。
「良いモノやサービスには、適正な価格が支払われる」という言わば当たり前の商習慣を取り戻し、そこで得た利益を従業員の賃上げに繋げていくこと。その為の、生産性、稼働率改善や原価の把握を行った価格交渉等。攻めと守りを両輪で進めていくことが重要だと感じます。
そして、従業員をコストではなく、企業の未来を創る最も重要な「資産」と捉え、その成長と生活に投資していくこと。この健全なサイクルを自社の中で創り出していくことが、株価上昇を国民全体の豊かさへと繋げるための一歩ではないかと考えています。
5.おわりに
日経平均株価50,000円。この数字は、日本が「失われた30年」という長い停滞の時代から、新たなステージへ歩み始めたことを示す一つの指標かもしれません。
バブル期のような手放しの楽観はあまりなく、実質賃金の停滞、社会構造の歪み、将来への不安など、向き合うべき課題は多いです。
しかし、いたずらに悲観する必要もないと思います。日本企業が再び「稼ぐ力」を取り戻しつつある、その期待感があることは事実です。
私たちにとって重要なことは、この変化の現実を冷静に捉え、過去の成功体験や価値観に囚われることなく、個人も企業も、新しい時代に適応するための行動を始めることではないでしょうか。
株価という「点」の輝きを、いかにして国民全体の「面」の豊かさへと広げていくか。一人ひとりの行動の変化が現実の大きな変化を生み出していくと私は思います。













